こんにちは(*^-^*)
きんちゃんです。
前回の投稿「いじめの体験談」
いかがだったでしょうか?
大人が信じられなくなる出来事
悲しい出来事
決めつけのこわさ
タイミングの悪さ
思い込み
謝罪の大切さ
様々なご意見ありがとうございます。
反響があると嬉しいです(#^.^#)
このいじめの体験は私にとって
不幸な出来事と思ったこともありましたが
大切な体験だったと思ってます。
具体的に
●人は間違う
●大人も間違う(子供から見て)
●自分の認識が事実とは限らない
●人は世界を見たいように見る
●被害者と思えば被害者になる
●知らないことは知らない
これらの事がまとめて体験でき
自分の心に深く刻まれ
反面教師となったから(*’▽’)
確かに、その体験後の思春期は
自分の言動が知らず知らず
誰かを傷つけてしまわないか
誤解で悪者にならないか
びくびく過ごしたのも事実です。
犬の散歩をしながら
よく海援隊の贈る言葉を
歌ってました。
『人は悲しみが多いほど
人には優しくできる
信じられぬと嘆くよりも
人を信じて傷つくほうがいい』
金八先生やってて良かった( ;∀;)
この歌知ってて良かった
という青春時代でした。
そうなんですよね。
不幸な思い出ではないんです。
大切な思い出なんです。
●人は間違うし、大人も間違う
大人になると知識があって、
体も大きく、年齢も重ねている。
無意識に子供より正しいと思って
行動する危うさを身に染みて感じた。
親となった今、子供たちにどう
接していくのかを考えるきっかけを
作ってくれた出来事。
大人でも間違ったら謝罪するのが
子供に示す態度と思う。
「謝りなさい!!」というのに
本人謝らないのではねぇ_( _´ω`)_ペショ
●自分の認識が事実とは限らない
思い込みのこわさ。
職場でも自分が正しい人いますね(´ー`)
過去の出来事でも見方次第で
書き換え可能な気がします。
実際、違うことあるから。
自分の見た世界に執着すると
出来ませんけどね。
●人は世界を見たいように見る
●被害者と思えば被害者になる
あの人は自分のことを
そう思っているに違いないと
思うとそう見えてくる。
子供はうそをつく
羊飼いもうそをつく
だから自業自得だ。
自分が正しいと思っても
他が間違っているように
見えてくる。
ある意味、見方さえ変えれば
世界は自由自在ではないか。
ストレス世界として
この世を見るのか
意味ある世界として
この世を見るのか
●知らないことは知らない
そんな見方があるなんて
知らないことは知らない。
知ったら納得です(*’▽’)